毎日会えないから丁度いい。「物足りない」人間関係のメリットを実感

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こんにちは、通信制大学で陶芸を学ぶユキガオ(@yukigao_22)です。

私の通う大学では、スクーリングと言って数日間大学で授業を受ける機会があります。

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今日までがまさにスクーリングだったんです。

もう…

めちゃくちゃ疲れたけどめちゃくちゃたのしかった!!

 

スクーリングはクラスメイトがいるから楽しめる

とはいえ通信制なので、通う人たちはみんな仕事があったり遠方に住んでいたりして、なかなか来れない。年に2回しか日程が用意されていないので、もし都合が合わなかったら来年受けることになります。

つまり、スクーリングで一緒に授業を受けるメンバーは、(初回を除いて)知ってる人もいれば知らない人もいるのが普通なんです。

知ってる人がいると「久しぶり〜!」と嬉しくなるし、知らない人がいると「今、何年目なんですか?」って自己紹介から始まる。

作る作品のテイストや癖なんかも人によって違うから、メンバーが変わるとまた新しい刺激がもらえる。だからスクーリングは毎回楽しい。

年齢は70代から10代まで、住む場所も経歴も様々な人がいるから話がいつも新鮮。陶芸歴もいろいろだから、先生レベルの人に教えてもらったりビギナーレベルの人同士で悩みを共有したりする。

もちろん授業で新しいことを学んで制作すること自体も楽しいんですが、やっぱりクラスメイトがいるから楽しいんだと思います。

 

毎日スクーリングだったら楽しさ半減

スクーリングがあまりに楽しいので、終わるとめちゃくちゃ寂しくなる

これが毎日続けばいいのに、って本気で思う。

クラスメイトと毎日一緒に授業を受けて、一緒に学食でご飯を食べて、刺激を与え合い協力しながら制作をする。そんな風に過ごしたいなって。

でも、実際に毎日一緒だったら楽しさは半減すると思う。

私が現役で学生だった時を思い出すと、長く一緒にいるほどいざこざも増えたから。

その理由は「若かったから」って部分ももちろんあるけど、それ以上に「馴れ合いがあるから」、そして「世界がそこにしかないから」というのが大きいと思うんです。

 

人は馴れ合うと油断する

良識ある大人の人は「こんな失礼なこと言わないんじゃないか」「こんな態度取らないんじゃないか」ってイメージが少なからずあります。

人のコンプレックスをいじって笑ったりしないだろうとか、機嫌が悪いからって挨拶を無視したりしないだろう、みたいな。

でも人間は完璧じゃないから、ふとした瞬間にそういう褒められないような振る舞いをすることがある。

初対面の人だったり普段は滅多に会えない相手だと、こういった振る舞いは減ります。

でもこれが毎日顔を合わせる相手になると「この人にならいいや」という油断が生まれるんですよね。この人なら笑って許してくれるだろう、って。

それが相手を傷付けるかも、って想像できなくなるから馴れ合いは怖いんです。

 

他に世界があるから執着しなくなる

たとえば中学生とか高校生くらいだと、その子の世界は学校が全て。もし学校でいざこざが起こるっても、それを解消する場所がありません。

だから余計に、学校での居心地の良さを求めたくなる。どんどん、学校と学校での人間関係に固執していってしまいます。それは会社人間になってしまった社会人でも同じです。

通信制大学に話を戻しますが、私たちはそれぞれに違う世界を持った上で集まって一緒に授業を受けます。

もし大学での居心地が多少悪くても、また元の世界に戻れば何でもなくなる。むしろ元の世界に戻る前提だから、お互いに執着がないんですよね。

「あくまで大学での世界」

基本はみんなパラレルワールド的な心理状況。だからこそ、心に余裕ができて人間関係も円滑にできるんじゃないかなって思うんです。

 

「ちょっと物足りない」が丁度いい

腹八分目と言うように、人間関係においても80%くらいの関係でいた方が上手くいくんじゃないかな。

いつも一緒にいるわけじゃないから、できるだけたくさん話したいと思える。

なかなか会えないから、次会えるのが楽しみになる。

そんな関係が実は一番心地いいのかもしれませんね。今は寂しいけど、その分また会いたいって気持ちが強くなってます。

次のスクーリングで会えるのを楽しみに、また頑張ろうっと☆ 

 

ユキガオ

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長崎生まれ・神奈川在住の陶芸家。会社員10年目で脱サラし、好きなことして生きていくために奮闘中。
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